医療法人 廣姫会(コウキカイ)理事長
田代ひ尿器科 院長 山内 智之(やまうち ともゆき)
略歴
愛媛県生まれ
1981年愛媛大学医学部入学
1987年愛媛大学大学院医学研究科入学(細菌学教室)
1991年愛媛大学医学部麻酔科入局
1994年東邦大学大森病院腎臓学教室入局
1995年国家公務員共済組合連合会立川病院泌尿器科
1998年富士重工業健康保険組合総合太田病院泌尿器科
1999年田代ひ尿器科副院長、2002年から院長
資格
日本泌尿器科学会専門医
麻酔科標榜医
産業医
認知症サポート医
2021/7/17
医療法人 廣姫会(コウキカイ)理事長
田代ひ尿器科 院長 山内 智之
①情報共有は認知症患者さんの薬の飲み忘れなど薬剤師が在宅でチェックしてくれるので内服状況がよくわかります。独居老人の場合には薬剤師、看護師、栄養士、ケアマネジャー、市役所の職員等で情報共有できるので、トラブルに早急に対応できます。
自分が豊橋にない時に在宅支援診療所の仲間に重症患者さんの看取りを依頼する場合や緊急往診を依頼する場合にサマリーを書いて投稿しておくとか、最期に情報共有のメンバーになってもらってこれまでの全て情報を知っていただくこともできます。
②病診・診診連携では電子@連絡帳を使って紹介すると検査・画像情報提供加算30点、また紹介される側は電子的診療情報評価料30点を保険請求できます。MRIやCTの検査画像をいち早く手に入れ、患者さんに説明することもできます。
③「ここのーと」を使えば患者さんから直に病状の報告を受けることもできます。ご本人の調子が悪いと家族から食事量、排尿排泄の状況、痛みの具合など教えていただくことができます。この情報で往診のタイミグを調整できます。
④豊橋市を含む東三河広域連合では介護認定審査会に必要な資料は電子@連絡帳で送付されます。このPDFデータを自宅もしくは自院のパソコン画面で大きく引き伸ばして見ることができます。審査結果の資料も電子@連絡帳で集約され、最終的に介護認定審査会では意見の違った症例のみの審査となり、数例のみ10分前後で審査を終了します。今後コロナ下において審査会、多職種でのカンファレンスはペーパーレス化でビデオ会議になっていきますが、電子@連絡帳とMicrosoft Teamsが連動してワンクリックで操作可能となります。
診療情報提供書や訪問看護指示書に日本医師会の医師資格証を使って電子署名することができます。連絡帳で送付すればペーパーレスで封筒、切手も必要無く送付ミスも無くなります。この署名ソフトは日本医師会ORCA管理機構がSigned PDF Client ORCAとして発売しております。バージョンアップされており、今は他のソフトと併用しなくても決められた位置に書類ごとに署名できるようになりました。
私の何倍も在宅診療している在宅支援診療所の仲間から『在宅医療の依頼を断ってはいけない。一度断ると次からそこの紹介元からの紹介が減るよ』と聞いて、できるだけこれまでそのようにしてきましたが、さすがに限界は近づいています。これまでも距離のある在宅患者は断ってきました。ただ膀胱瘻を入れたばかりの人の膀胱瘻の管理など他に依頼できない場合は遠くても引き受けてきました。
癌の看取りの依頼が重なってくる場合もあります。日々の外来、紹介状の作成、返事、訪問看護指示書、リハビリ指示書、マッサージの同意書、主治医意見書の作成など診療が終わってからの書類作成など夜遅くまで時間がかかります。当院のスタッフは看護スタッフが5人正職、1人がパート、事務職員の4人が正職、1人がパートです。田舎で安定した良い人材を確保するには正職として雇用することが大事と思っておりますが、その反面社会保険料が多くなり、医院の経営を圧迫します。
今の患者数で収入を増やす方法は、訪問看護指示書作成を6か月から毎月にする、居宅療養管理指導を請求するなどすればよいのですが、またそれら一部を事務職員に任せばよいのですがまだ英断できておりません。
2012年に東三河で在宅医療をしている仲間と在宅支援診療所となり情報共有し助け合うようになりました。患者さんの情報共有以外にお互いの市の問題、医療以外のことも含めてお酒を飲みながら、美味しい食事を頂くことが楽しみでしたが、このコロナ下においてもう1年半以上食事会は開催されていません。再びお互いの悩みや趣味のお話などができるようになる日が来ることを願っております。
2021/7/17
医療法人 廣姫会(コウキカイ)理事長
田代ひ尿器科 院長 山内 智之
平成30年から新しい建物で診療を開始しましたが、仲間の諸先生の誘惑に負け、令和2年4月から木曜日を丸1日休診としました。スタッフの反対があるかと思いましたが案外皆さんあっさりと承諾してくれました。ただこの時も診療時間、スタッフからすれば勤務時間を維持するため、また減収にならないように朝の診療開始時間をさらに30分早めて8時からに変更しました。
診療時間の変更に伴い診察券の切り替えもあり、出費もかさみました。ちょうどこの切り替え時がコロナの第一波の時でもあり、4月の診療報酬は10%近く落ち込みました。その後5%から少し減少に回復し推移しているようですが、ただこの減少によって、独立行政法人福祉機構から無担保・無利子で返済は5年後から15年以内に償還でよい融資を受けることができ当院の口座残高が増え、一見余裕のある診療所運営となりました。
今は月に約40件の往診と15件の訪問診療を行っています。ほとんどの方が月1回の診療ですが、病状をみて、週1回、連日など増やして対応しております。この時多職種が連携するためのICTシステム(電子@連絡帳)が重宝します。豊橋市では平成25年から本運用を開始しております。その後豊川、田原、蒲郡、新城市などがメンバーになり、平成27年に約76万人を対象とした東三河ほいっぷネットワークが完成しました。現在は愛知県のほとんどの市町村で採用され、他に和歌山県、三重県、長野県、茨木県、神奈川県の一部の市町村、東京都中野区にも広がっています。
これまでの約10年間で260人の情報共有をしました。当初電子@連絡帳は私だけで管理していましたが、患者さんの情報の把握が不十分だとお薬の重複、処置の準備、器材の不足などの問題が起こるため、看護スタッフにも情報共有の一員になってもらって訪問看護ステーションなどからの情報共有を2重チェックできるようにしました。電子@連絡帳には①多職種連携による情報共有以外に②病診・診診連携のためのツールとしての利用③患者、家族を含めた情報共有(新たに追加されたICTツール:ここのーと)④介護認定審査会での運用があります。訪問看護指示書の依頼があると、外来診療の終わりには机の上にカルテが置かれているので、忘れて訪問看護ステーションのスタッフに迷惑をかけないで済むようになりました。
2021/7/13
医療法人 廣姫会(コウキカイ)理事長
田代ひ尿器科 院長 山内 智之
当院のホームページの治療方針に『泌尿器科医としての専門性と麻酔科医、内科医としての一般性を兼ね備えた医療を行います。地域と患者さんのニーズに応えるため、通院できないまたは通院できなくなった患者さんに対しては往診を行ないます』と記載しています。この方針のもと外来をしながら往診をすることは自然な流れでした。
泌尿器科の往診依頼は膀胱留置バルーンカテーテルの交換だけの方(1割程度)もおられます。正しくは往診と言わず在宅医療というべきかもしれません。往診は通院できない患者さんからの要請を受けてその都度診療を行うものですが、訪問診療は治療方針などの計画を立て定期的に診療を行います。初めて在宅医療を開始する患者さんの場合、往診か訪問診療にするのかを診療内容をみて決めます。開業医になって20年以上経ちますが、恥ずかしながら保険請求は事務任せで細かな知識は不足しております。カテ交換だけの方は往診、すべての病状を含めて治療する場合には訪問診療にしております。ただ自院だけで診ているつもりでも、保険請求で皮膚科と併診になっていることがあったりすると在宅寝たきり患者処置指導料が重複請求になっており、その医院と調整してくださいと厚生局から指導を受けることもありました。
20年前は当初木曜日の午後だけ休診としていましたが、約10年前に火曜日の午後も休診としました。ただ診療時間の減少は診療報酬の減少と直結するため、午前の診療開始時間を30分早くして8時30分に変更しました。月水金の午後2時から4時までの間は在宅医療、日帰り前立腺生検、泌尿器科的な小手術を行います。在宅診療に行く時は私が運転して看護スタッフ2人を同行します。バルーンカテの交換が多いと看護スタッフが2人いる方が早く効率的で、時間内に帰ってくることができます。カテが多い人だと両側腎盂バルーン、膀胱留置バルーンカテ交換と一度に3本交換しないといけない方もおられます。一人の看護スタッフはカテや洗浄セットの準備と会計、もう一人は患者さん側での準備と私のサポートをします。また出発前のチェックが厳しくなり、物品が足りないなどのミスが少なくなります。在宅医療の患者さんが増えて対応が難しくなってきたため、本来火曜日、木曜日の午後はお休みですが、私一人で在宅患者さんを診ることになりました。火曜日は月3回、木曜日は月1回午後在宅医療を行っていました。
医療法人匠光会 深澤りつクリニック
深澤 立
診療所においては、外来診療がその柱であることは言うまでもありません。我々オフィスウロロジストにおいても、外来でいかに多くの患者さんに医療を提供できるかが重要な課題です。
一方で、2025年問題をはじめ超高齢社会となっている日本において、在宅診療(訪問診療)はその重要性が叫ばれるようになって久しいが、なかなか一般的に普及していないが現状です。オフィスウロロジストである皆さんは、現在在宅医療をおこなっていらっしゃるでしょうか?
このコラムでは、在宅医療の重要性だけでなく、その面白さや逆に大変なこともすべてお話をしていきたいと考えております。多くのオフィスウロロジストの診療の幅が広がることへの一助となれば幸いです。
そもそも自分がなぜ在宅医療をはじめたのか?
初めて自宅で患者さんを診療し、最期の看とったのは平成4年のことでした。その頃亀田総合病院腎センターに勤務をしていましたが、自分より1,2歳若い進行腎癌の女性(TKさん)が入院をしていました。TKさんは2年程前に心房まで達する腫瘍塞栓のある腎癌の手術を受けて、インターフェロン療法をしていましたが、残念なことに骨転移による下肢麻痺で長期の入院生活を余儀なくされていました。一口も食事を摂らなくなっており、末梢からの点滴を行う毎日でした。当時まだ若手であった私は同世代の同僚と相談をし、彼女を自宅へ帰してあげようと考えました。カンファレンスで主治医交代をお願いし、ご家族(主として母)と相談をし自宅へ帰る段取りをつけていきました。状態はかなり悪くなっており、帰宅途中での急変に備えてカゴ一杯に救命物品を詰め込んで、救急車へ同乗したのを今でも覚えています。
自宅へ戻った翌日、入院中はなにも食べられなかったTKさんが、カレーライスを一皿食べておりました。もうびっくりです。家に帰るということが、こんなにも大きな意味があるのだということを、衝撃をもって教えられました。TKさんの実家は網元で、もちろん周囲の人は医療も介護も素人でしたが、かなりよくケアをしてくださり、疼痛も自然と緩和して鎮痛剤の使用量も減っていきました。ちょうど平成4年は訪問看護ステーションがスタートした年で、鴨川から勝浦という距離でしたが、訪問看護師も日中みにいってくれました。自分は診療が終わって夜の8時9時などに訪問をして様子をみていました。
退院して2週間くらいしたところで、夕方母親から連絡をもらい、みにいくともう今夜が山という状態でした。その深夜2時過ぎに連絡があり、看とりに向かいました。部長もすぐに駆けつけてくれ、夜が明ける前にご家族と一緒に抱きかかえて、マンションから実家へお運びしました。
以来、病院勤務医をしながら、5,6人の方を自宅で看とることがありました。自宅で過ごす、自宅で最期を迎えることの意味を常に感じております。1人でも多くのオフィスウロロジストが在宅医療に携われるように、このコラムがそのきっかけとなれるようにと願っております。
医療法人慶聰会(けいそうかい)
矢澤クリニック渋谷・矢澤クリニック北本 理事長
矢澤 聰(やざわさとし)
【経歴】
2000 年 慶應義塾志木高等学校卒業、慶應義塾大学医学部入学
2005 年 New York Medical College 短期留学
2006 年 慶應義塾大学医学部卒業、亀田総合病院 研修医
2008 年 慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室 専修医・助教
2014 年 埼玉医科大学泌尿器科 助教
2015 年 矢澤クリニック北本 院長(現任)
2018 年 医療法人慶聰会 理事長、矢澤クリニック渋谷開設、矢澤クリニック 診療部長(現任)
【非常勤】
慶應義塾大学医学部非常勤講師
東京大学大学院医学系研究科在宅医療学講座 臨床指導医
【資格】
日本泌尿器科学会専門医・指導医
身体障害者福祉法 15 条指定医(じん臓機能障害、ぼうこう又は直腸障害)
難病指定医
小児慢性特定疾病指定医
認知症サポート医
2021/04/20
医療法人慶聰会矢澤クリニック渋谷・矢澤クリニック北本 理事長
矢澤 聰
前回は、私が在宅医療に取り組む契機となった経験についてお話しましたが、今回は、私が地域医療に興味を持つきっかけになった論文をご紹介したいと思います。私が 2006 年慶 應義塾大学医学部を卒業後、千葉県鴨川市の亀田総合病院で研修医として勤務している頃、 亀田ファミリークリニック館山院長の岡田唯男先生に教えて頂いた、White らの The ecology of medical care.という論文に衝撃を受けました 1。
図 は、英国のある地域における 1000 人の 16 歳以上の地域住民の医療機関との関わり 方を 1 カ月間観察した結果です。1000 人のうち、750 人は病気や怪我等何らかの体 調不良を認め、そのうちの多くはセルフケア等で対処しましたが、250 人は医療機関を受診 しました。当該 250 人のうち、わずか 9 人が入院、そして 9 人のうち、5 人が他科の専門医に紹介、さらに 5 人のうちわずか 1 名が大学病院に紹介受診となりました。2001 年に米国 で行われた類似デザインの研究でも状況に大きな変化はなく 2、2017 年に日本で行われた 類似研究においても、先行研究と同様、初期診療の場としてクリニックがよく利用されてい る傾向を認めました 3。
これらの研究結果から得られる示唆として、(1)健康問題の多くはセルフケアやクリニッ ク等のプライマリ・ケアの現場で対処されていること、(2)同一疾患であっても、医療機関 で確認できる臨床像は地域住民全体の一部しか反映していないこと等が挙げられます。例 えば、クリニックで診療する高血圧の患者さんの大多数は本態性高血圧ですが、大学病院で は、内分泌疾患や腎血管性高血圧等の二次性高血圧の頻度が相対的に高くなっていること が考えられます。また、発熱患者さんには、初期診療を担うクリニックでは正確かつ迅速な 診断が重要ですが、大学病院では、希な疾患の診断や、重症例の治療に焦点がおかれます。 この現象は内科だけでなく泌尿器科においても同様で、同じ健康問題を扱っていても、フィ ールドの違いによって焦点が異なっています。
地域住民が体調不良を訴えた場合、大多数が初期診療の場としてクリニックを受診し、限 られた一部の患者さんが大学病院や総合病院等の高度医療機関を受診しているというデー タに心が突き動かされました。特に、超高齢社会における地域包括ケアシステムの推進が課 題となっている我が国において、高度医療機関とかかりつけ医がお互いの長所を生かしな がら、良質で継続性のある地域医療を提供する病診連携のネットワークの推進が必要不可 欠であり、多くの患者さんが受診するかかりつけ医が良質な地域医療を提供することの重 要性を痛感しました。同時に、かかりつけ医としての専門性は高度医療機関における専門性 とは異なり、医学部教育や高度医療機関でのトレーニングでは必ずしも培えるものではな いという問題意識を抱くようになりました。患者さんの声に耳を傾け、患者さんに寄り添う 医療を実践したいと思い、その後、地域医療の現場に身を投じることになりましたが、White らの The ecology of medical care.は、医師人生のターニングポイントになった論文と言って も過言ではありません。
【参考文献】
1. White KL, Williams TF, Greenberg BG. The ecology of medical care. N Engl J Med. 1961 Nov 2;265:885–92.
2. Green LA, Fryer GE, Yawn BP, Lanier D, Dovey SM. The ecology of medical care revisited. N Engl J Med. 2001 Jun 28;344(26):2021–5.
3. Fukui T, Rahman M, Ohde S, Hoshino E, Kimura T, Urayama KY, et al. Reassessing the Ecology of Medical Care in Japan. J Community Health. 2017 Oct;42(5):935–41.
2021/04/20
医療法人慶聰会矢澤クリニック渋谷・矢澤クリニック北本 理事長
矢澤 聰
医療法人慶聰会(けいそうかい)矢澤クリニックの矢澤聰(やざわさとし)です。「在宅医療と泌尿器科」というテーマでコラムのご依頼を頂きましたので、楽しく、そして、少しでも役立つお話ができればと思います。第 1 回は私が在宅医療に取り組むようになった経緯等についてお話します。
私は、慶應義塾大学医学部卒業後に千葉県鴨川市にある亀田総合病院で臨床研修を行い、そこで、在宅医療や家庭医療といった地域医療の多様性や奥深さを学ぶ機会に恵まれ、また、医師としても人間としても尊敬する多くの素晴らしい仲間を得ました。
研修修了後は慶應義塾大学病院泌尿器科学教室に入局し、2014 年に埼玉医科大学病院に赴任しました。埼玉医科大学病院勤務時に、通院困難な患者さんをご家族が会社を休んで診療に連れてこられ、長い待ち時間を経て受診をして帰るという状況を目の当たりにし、患者さんやご家族により負担のない医療提供ができないかと思うようになりました。さらに埼玉県央地域の高齢化と医療過疎を痛感し、病院と連携しつつ患者さんやご家族の療養生活に寄り添う形として、訪問診療による医療貢献を志し、埼玉県北本市に在宅医療のクリニックを開業しました。医局人事から離れて開業することにはやはり悩みましたが、慶應義塾大学病院の研修医時代からお付き合いがあった元株式会社三菱銀行代表取締役の市川伊三夫さんにご相談したところ、ご自身の壮大な人生経験や経営哲学の観点からアドバイスを頂きながら随分話し合った後、「私は当初は反対もしたが、君が決意したならそうなさい。一度決めたら一切の未練を捨てて前に進みなさい。」と言われました。私は今でもその言葉を心に留め、良質な在宅訪問診療を提供するために開業したことを常に意識しながら全身全霊で業務に打ち込んでいます。
2018 年、埼玉県で医療過疎と高齢化問題を解決すべく在宅医療に邁進している中、 慶應大学病院時代の患者さんや様々な業界で活躍されている東京在住の方々から「かかりつけ医に」とご依頼頂くことが増えたことから、医療法人慶聰会(けいそうかい)として法人化し、在宅医療メインの矢澤クリニック渋谷を開設しました。2020 年、更なる地域医療の提供として、外来診療にも力を入れるべく代々木上原駅徒歩 10 秒の所に移転し、現在、多様な専門医から成る、数名の常勤医と慶應・亀田時代の先輩等を含む 14 名程度の非常勤医とともに、渋谷区を含む城南エリアと北本市を含む埼玉県央エリアの 2 つの診療圏で、外来診療と訪問診療により、通院時から最期まで継続して患者さんに寄り添う良質な医療の提供するため邁進しております。今後、苦労話を含め、様々な情報やお話をさせて頂きたいと思いますので、宜しくお願い致します。